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働くお母さんにとって「子どもを預ける」ことは、仕事をする上で欠かせないことですが、ちょっと後ろめたい気持ちでいる方も多いんじゃないでしょうか。例えば「いっしょにいる時間が短くなって、子どもとの絆が弱くならないかな」とか「安全面では大丈夫かな」とか「子どもに悪影響を及ぼしていないかな」など親としての責任感から後ろ髪ひかれる思いで仕事へ出掛ける日も少なくないと思います。

でも子どもをベビーシッターや託児所・保育園に預けることが、必ずしも子どもの成長に悪影響を与えているわけではないというアメリカの報告があるので、ここでその一部をご紹介します。

働くお母さんを持つ娘は、“しっかり者” である

一般的に男の子に比べて、女の子の方がしっかりしているといわれていますが、働くお母さんを持つ子どもの場合も同じような傾向があるようです。 1日中お母さんといっしょにいる子どもに比べて、人に預けられている子どもの方が、より自立心が強く、社会適応性もあり、知的探究心も強くいという傾向があるようです。さらに、これらの傾向は、男の子に比べて女の子の方に強く表れるという結果があります。

母と子どもの絆は強い

親子がいっしょにいる時間が短いと、感情的な結びつきが弱くなるのではないかと心配になるかもしれません。でも実際は、いくら愛情溢れるベビーシッターや保育士にお子さんを預けたとしても、お子さんはお母さんの方を好むようです。特に、疲れたときや怒っているときは、子どもはよりお母さんに甘えたくなる傾向にあります。

社会性の高い子どもになる

働くお母さんから子どもが受ける最もハッキリとした影響は、子どもの社会性の高さにあらわれます。1日中お母さんといっしょにいる子どもに比べて、人に預けられている子どもの方が、自分のことは自分ででき、友達との協調性もあり、新しい環境への適用力も高くなる傾向があるようです。ただし、大人に対しては、思いやりや素直さを表すことに欠けるという傾向もあるようです。

グループの中にいるからこそ発達する能力がある 

アメリカの研究では、2~3歳までは同じベビーシッターに預けることが望ましく、4歳以上は託児所や保育園に預けることが望ましいといわれています。これは、2~3歳までは、ひとりの人による一貫性のあるケアが重要となり、4歳以上は、友達との交流が重要となるからです。実際に託児所や保育園に預けられている3~4歳以上の子どもは、家でお母さんに育てられている子どもに比べて、社会性や知性が発達する傾向にあるようです。

上記で説明した報告は、子どもが預けられる先がよいベビーシッターやよい託児所・保育園であるということが前提です。子どもに母親のような温かい愛情がそそがれていて多彩な知的活動や楽しいアクティビティーなどが行われていないと上記のようなメリットは生まれません

きっと、働くお母さんを持つ子供は、幼い頃から家族以外の人との交流を持つことで、早めに社会性が養われ、自立心が旺盛な子どもになるんでしょうね。しかし、人に預けらずに家族の中だけで育ったからといって社会性が乏しく自立心が芽生えなくなるというわけじゃありません。親の愛情を最大限に受けて育つことは、子どもにとって幸せなことには違いないはずですから。

ですから、もしあなたが働くお母さんなら、今おかれている親子の状況を悔やまずに、そのときの「よい面」を見つめていってほしいと思います。働くお母さんにとっては、毎朝、お子さんとの別れは辛いことですが「子どもためにもなることだから」と思えば、元気よく仕事へ向かえるんじゃないかと私は思います。

子どもが大人へと成長していくプロセスで、

小さいお子さんが「ママ、こっち見ないでよ!」と言って

物を隠したりすることってありませんか?

 

大人にしてみれば、「見ないで!」とわざわざ言われると

「なにか、隠しているな!」とわかるもんです。

 

例えば、そんなお子さんがある日、

あなたがあまり開けない戸棚の奥に

自分のお気に入りのお菓子を密かに隠していたとします。

 

お母さんとしては、


「ついにお母さんをだますようになってしまったのね」


と、さみしくなるかもしれません。

 

しかし、これはお子さんが、


「お母さんは、この戸棚をめったに開けない」


という、お母さんの「心(行為)」

ちゃんと理解しているということなんですね

 

つまり、子どもが他人を「だます」という行為は、

人の「心」を理解できるようになった証。

 

このように、

子どもが他人の心を理解できるようになることを

心理学では「心の理論」が確立された、と言われていて

発達において重要な通過点としています。

 

その中で、他人の心の理解「心の理論」について

現在も盛んに研究されていています。

 

そこで今日は、

イギリスの「スマーティーズ」というお菓子を使った

実験をご紹介しますね。

 

このお菓子は、日本のマーブルチョコレートのような

筒状の箱に入ったカラフルなチョコレート。

 

その実験は、まずそれを子ども達に見せて、

「なにが入っているかな?」と尋ねます。

 

そうすると子ども達は、


「スマーティーズ!」


と答えました。

 

そこで箱を開けます。

 

すると中には鉛筆が入っているんですね。

 

次に、子ども達にもう一度質問します。

 

「まだ中身を見ていない他のお友達は、

 箱の中になにが入っていると答えるかな?」

 

と尋ねます。

 

大人であれば簡単に答えられますよね。

 

他のお友達は、まだ箱の中を見ていないので、

箱の中身が鉛筆であるとは知らずに、


「スマーティーズと答える」


と予測することができるわけです。

 

しかし、3歳くらいまでの子どもは、

このような予測をすることが難しい

言われています。

 

なぜなら他のお友達は事実を知らないので、

箱の柄を見て、


「スマーティーズと答える」


という予測ができず、自分が知っている事実

「鉛筆と答える」そうです。

 

「心の理論」とは、

他者の信念・目的・意図・知識・思考・推測などを理解し

それに基づいて他者の行動を予測したり、

自分の行動を決定したりすることができる能力といわれています。

 

大人にとってこのようなことは、

とくに意識をしなくてもパっと考えられたり

行動したりできることかもしれません。

 

でも子どもが、

「心の理論」を生まれながらに持っているとは考えにくく

成長と共に確立されていくものとされています。

 

この「心の理論」の確立は、

円滑な人間関係を形成していく上でとても重要な

“他人を理解する”ということ。

 

そう考えると心の理論は、

思いやりの原点なのかもしれないですね。

 

小さいお子さんが上手にあなたを騙す。

 

これも視点を変えてみれば、

「心の理論」の発達をあらわしているのかもしれません。

 

ですから、もしあなたがお子さんに

「だまされた !」と感じたときは

あまりムキになって叱らず、


騙されたあなたの悲しい気持ち


を、お子さんに話してあげてみてはいかがでしょうか。

あなたは、今まで学校や会社などで、

“えこひいき”をされたことがありますか?

 

私も経験がありますが、

えこひいきはイヤなものです。

 

そんなえこひいきで、

過去に私が職場で経験した“学閥(がくばつ)”について

お話しようと思います。

 

その前に、学閥とは同じ出身校や同じ学派の人々がグループになり

その仲間以外を受け入れず、同じ仲間を優遇してしまうことをいいます。

 

さて、私が以前勤めていた職場でのことですが、

T大学出身の工場長が、同じT大学出身の後輩に“えこひいき”をして

出世を早めたり、チャンスを与えたりしていました。

 

その裏では、

実力があるのに工場長と同じT大学の出身でなかったということだけで、

中々チャンスをもらえない人もたくさんいたんですね。

 

ちなみに私は高卒なので、

もっと扱いがひどかったですが…

 

私のことはさておき、

工場長にしてみれば決して“えこひいき”しているわけではなく

その他の大学出身の後輩より同じ大学出身の後輩の方が

自然と優秀に見えてきてしまうものなんです。

 

では、なぜこのような一見すると

“えこひいき” な見解が生まれてしまうのか?

 

そのことについて、

心理学者のマルケスとパエズが説明していますが、

社会カテゴリーが外から受ける価値や評価は、

それを構成する個人の価値や評価に反映されるといっています。

 

つまり、自分が所属するグループが

外から高い評価を受ければ受けるほど

自分についての評価も高く感じるんですね。

 

そして、人は自分の価値や評価を高く維持することで、

自分自身を肯定的に受け入れようとするわけです。

 

そこで、上記の工場長で言えば…

大学出身の後輩を高く評価する

自分を含んだグループの評価が上がる

自分自身の評価も上がる

自分を肯定的に受け入れられる

このように、

一見“えこひいき”に見える見解は、

実は自分への“えこひいき”になっているんです。

 

つまり「彼は、なかなか優秀だろ!」の裏には、

「俺って、なかなか優秀だろ!」という言葉が

隠されているということなんですね。

 

では、もし自分を含んだ社会カテゴリーに

とても好ましくない人がいたらどうなるでしょうか?

 

この理論には、

もうひとつの考え方があります。

 

このような場合、人には“えこひいき”とは逆に

自分の価値や評価が下がる可能性が強まり

その好ましくない人を排除しようとする心理的な働きが現れるんですね。

 

つまり、その好ましくない人をきわめて低く評価し

同じカテゴリーから切り離すことによって

自分への評価を保とうとするわけです。

 

このような現象は、異質な者を集団から排除するという

「差別」「仲間はずれ」を生み出すことにつながります。

 

またグループにおいて、

評価が高ければそのグループの“誇り”となり

評価が低ければそのグループの“異端児”として排除されてしまう。

 

そうなると、“学閥”というグループは、

単なる各メンバーの「おだて合い」または

「仲間はずれ探し」にすぎないということなのかもしれませんね。

 

ですから、

このような他人の努力に依存するより

自分で努力を積み重ねて自他共に自己評価を高めていければ

“えこひいき”という色眼鏡をはずすことができるかもしれません。

雑音の中でも自分に興味のある人の会話を聞き取る能力とは?

あなたにも、こんな経験がありませんか?

 

ザワザワとして騒がしいパーティ会場。


そこでふと、あなたの名前が聞こえた。


あれっ?と思い、

声が聞こえたほうを見てみると知り合いがいる。


でもその距離は意外に遠くて相手もビックリ。

 

その声は、それほど大きな声でもなかったし

あなたを呼んでいたわけではなさそうです。

 

では噂をしていたんでしょうか?

それとも、あなたにちょっと興味をもってる異性?

 

このように、

沢山の音があるのに、その中からある音だけを聞き分けられる現象を

「カクテルパーティ効果」っていいます。

 

人間の感覚は、すべてを同じように認識しているのではなく

選択してどれかに集中することができます。

 

だから雑踏の中でも相手と話ができるんですね。

 

まぁ、すべてを同じように認識してしまったら

とても普通には生活できないでしょうけど。

 

つまり逆に言い換えれば、

騒がしいところでも相手の名前などを出せば

相手の気を引けるともいえます。

 

これは、もしかしたら直接相手に話しかけるよりも

効果的かもしれません。

 

もし、あなたが気になる人、

印象に残したい仕事相手などがいらっしゃるなら

そんな場所で、


「○○さんって、いい人だよね!」


などと、ちょっといい噂話を

さりげなくしてみるのもいいかもしれませんよ。

あなたは、大好きだった人から突然「別れ話」を切り出され

その途端、愛情が憎しみに変化した経験はありませんか?

 

大好きな人から「別れ」をきり出されると

最初は悲しいのですが、徐々に憎しみに変わっていくことがあります。

 

それは、相手のことを“好き”であればあるほど

“憎しみ”も大きく感じられるのではないでしょうか。

 

このように人は相手に対して関心や愛着があればあるほど

強い愛情を抱くものですが、その愛情の裏には、

同じくらい強い憎しみが存在しているといわれています。

 

このような心理状態を、

「両価性(アンビヴァレンス)」といいます。

 

上記の例では、「別れ」というキッカケによって、

愛情が憎しみにとって替わられたというわけです。

 

このような男女間の相反する感情の存在について、

精神科医のべラックは、ショーペンハウアーのおとぎ話に例えて

説明しています。

ヤマアラシのジレンマ

ある冬の晩に、2匹のヤマアラシが寒さに震えていました。

その2匹のヤマアラシは寒さをしのぐために体を寄せ合おう

としました。でも、ヤマアラシの体は鋭いトゲで覆われてい

ます。ですから、体を寄せ合おうとすると、お互いの体を傷

つけ逆に、離れれば寒さに震えることになってしまうことに。

2匹は、どうしたらお互いの体を傷つけずに、体を温めあう

ことができるのか、くっついたり離れたりを繰り返すのでした…

このおとぎ話のように

人間関係も近づきすぎると傷つきやすく

離れすぎると淋しくなるんじゃないでしょうか?

 

このおとぎ話を恋愛関係に置き換えてみると

好きだった強さの分だけ相手に近づいていたことになり

その分だけ「別れ」のときに深く傷つき、憎しみも強くなるのかもしれません。

 

とはいっても、ほどほどの距離では恋愛関係とは言えないし

それに傷つくのを恐れて恋に落ちることを抑えるなんてことも

なかなか難しい話。

 

恋愛関係の難しさは、

こうしたジレンマからきているのかもしれませんね。

 

つまり、失恋したときの憎しみが大きいということは、

それだけ自分は相手を好きだったということ。

 

もしあなたが、相手への憎しみに振り回されそうになったら


「それだけ好きになれる相手に出会うことができてよかったな…」


と思って気持ちを静めてみてはどうでしょうか。

 

そうすると、

次の恋愛へと気持ちをゆっくり変えていけるかもしれませんよ。

恋人同士が、お互いの関係を発展させていく上で、

あなたは何が必要だと思いますか?

 

そこで、恋愛の発展段階の初期 / 中期 / 後期と

異なる3組のカップルに、


「あなたは相手のどんなところに惹かれていますか?」


という質問をしてみました。

 

あなたは、以下のカップルA~Cが、

それぞれどの発展段階に当てはまると思いますか?

 

まずは、1分間考えてみてください。

カップルA

彼 「同じものを見て、同じように感じることができるところ」

彼女   「共通の趣味が多く、いっしょに楽しめるところ」

カップルB

彼 「やっぱり綺麗でセンスがいいところ」

彼女 「たくさん友達がいて、人気があるところ」

カップルC

彼      「自分が落ち込むと、やさしく支えてくれるところ」

彼女   「大雑把な私を、繊細な彼がカバーしてくれるところ」

はい。1分経ちました。

 

さて、各カップルが、

どの発展段階に当てはまるのか考えはまとまりましたか?

 

では正解を発表しましょう!

正解

【恋愛初期】 出会ったばかりのふたり ⇒ B

【恋愛中期】 お付き合いして半年のふたり  ⇒ A

【恋愛後期】 そろそろ結婚を意識しはじめたふたり ⇒ C 

このような恋愛の発展段階について、

心理学者であるマースタインは、以下のように説明しています。

【恋愛初期】…刺激段階 (相手の外見的魅力)

【恋愛中期】…価値段階 (価値観や態度の類似性)

【恋愛後期】…役割段階 (相手の期待に適合した行動が取れるかという役割適合性)

出会ったときは、外見や周囲からの評判など

短期間で理解できることが恋愛の発展につながると思います。

 

その後、お互いの性格や価値観などが変わってくる段階になると

お互いの類似性が重要になります。

 

そして、結婚を意識する段階になると


末永くスムーズに生活をしていけるのか?

問題があっても協力しあえるのか?


という、相補的な関係が重要視されます。

 

このように

恋愛の発達段階に応じて変化するようです。

 

「美人も3日で飽きる」なんて言葉もありますが、

私は「飽きる」わけじゃないんだと思っています。

 

つまり、2人が末永く仲良くしていくのに

「美」以外にも必要なことが出てくる時期。

 

いわゆる

“刺激段階”から“価値段階”へと

発展している状態なのかもしれません。

 

また仲良しご夫婦ほど

性格が正反対だったりもします。

 

これは、自分の弱い部分を相手の強い部分で補い合うという

“役割段階”まで達しているということの証しかもしれません。

 

もし、あなたが、


「彼を嫌いになったわけではないけど

このままお付き合いを続けていいのかな?」


とモヤモヤしているのなら

どこかの“段階”で立ち往生している可能性があります。

 

そんなときは、

今一度自分達がいる“段階”を2人で確認して

その次の“段階”に自分達がなれるかどうかを

考えてみてはどうでしょうか。

あなたは、子どもの頃に

イソップ寓話を読んだことがありますか?

 

そのイソップ寓話に

こんなストーリーがあります。

 

キツネが、甘くておいしそうなブドウを取ろうと何度も飛び上がりましたが、

結局届かず食べられませんでした。

 

そして諦めたキツネは、

去りぎわにひと言こういいました。

 

「あのブドウは、どうせ酸っぱいに違いない!」

 

取れなかったからって、

食べてもいないブドウを「酸っぱい」と言いきるなんて、

ずいぶん身勝手な結論だなぁと思えますが、


このキツネは 「ブドウを取れなかった」 という不愉快な気持ちから

自分を守るために、こんな考えをもったわけです。

 

そして、

これは誰でも知らず知らずのうちにやっていることなんですね。

 

人は、自分を不安や不愉快な状態から守るため

無意識のうちにさまざまな手段をとります。

 

これを心理学では「防衛機制」といいます。

 

別にこれは悪いことでもなんでもなく

むしろ生きていくためには必要なことなんです。

 

防衛機制には、さまざまな種類がありますが

イソップ寓話のキツネのように、


「手に入れられなかったものは、

自分がほしいものではなかった」


と、自分の行動が合理的だった理由を見つけることを

「合理化」といいます。

 

例えば、

「あの会社には落ちたけど

自分に合っているのはこの会社だったのだ」


というような考えで、

落ちこみそうな自分を守るケースなんかが当てはまります。

 

その他、防衛機制には受け入れることがつらい事実を

心から閉め出そうとする「抑圧」


そんなことがあるわけない!と思いこむ「否認」


その物事について意識したり、感じたりするかわりに

理屈で考えようとする「知性化」などがあります。

 

これらは無意識に選択されているので、

自分ではなかなかわからないものです。

 

でも、

どの防衛機制をよく使うかによって

あなたの個性がつくられることもあるんですね。

 

そのあたりをちょっと考えてみると

自分のことを知る手がかりになるかもしれませんよ。

突然ですが、あなたは、欲求不満ですか?


「まったくそんなことはありません。

毎日、すべてに大満足ですよ!」

 

という人は、

なかなかいませんよね。

 

でも、それでいいんです。

 

人は現状に満足していない

もっと上をめざしたいと思うからこそ

欲求不満になるんですから。

 

では、あなたはどんなところに

欲求不満をもっていますか?

 

彼(彼女)との関係に満足していない…

仕事での評価が低すぎると思う…

もっと自分らしい生き方をしたい…

 

実際は、人それぞれいろいろな不満があると思いますが、

心理学者のマズローによると人には段階的な欲求があるとされています。

<第5段階> 自己実現の欲求

自分の才能や能力を活かしたい。

<第4段階> 尊敬の欲求

周囲から認められたい。尊敬されたい。

 ↑ 

<第3段階> 所属と愛の欲求

親しい仲間、自分を愛してくれる恋人が欲しい。

 ↑ 

<第2段階> 安全の欲求

危険を避けたい。安心感を得たい。

 ↑

<第1段階> 生理的欲求

本能的なもの。「食べたい」「眠りたい」「セックス・マスターベーション」など。

 ↑

欲求は第1段階から始まり、ある程度満たされることによって第2段階

第3段階が出現するとされています。

 

また「もっと成長したい!」と考えている人は、

第4段階、第5段階というレベルに達していると

考えていいかもしれません。

 

そう考えると、

あなたは初期の段階の欲求不満はきちんと解決できているわけで

ちょっと自信がわいてきませんか?

 

逆に言えば、


「最近、きちんと食事をとってない」

「忙しくて寝不足」

「ストーカーにあって毎日が不安」


なんて状態では、

自己成長どころではわけです。

 

第一段階から順序良く欲求を満たしてこそ

本当の自分の可能性を見出せるのかもしれませんね。

あなたは語学の勉強に挫折したことはありませんか?

 

私も経験がありますが、挫折する主な原因として、

「暗記できない」という理由があるかもしれませんね。

 

単語、文法、発音、スペルなど

語学には覚えることがたくさんあり

根気のいる勉強となりますから。

 

なので結局、


「暗記したら忘れる、また暗記したら忘れる…」


こんな繰り返しに耐えかねて、結局…


「私には才能がない!や~めた!」


になってしまうのではないでしょうか。

 

でも、もう一度がんばって勉強してみたい!と思っているあなたへ

言語の学習に関する研究をご紹介しますね。

 

その研究は、

どのように言語を学習すると効率よく習得できるかと考え

ある実験を行ったそうです。

 

実験は、独自に作成した数十の単語と数個の文法規則で構成される

人工的な言語(人工言語)を使って行われました。

 

この人工言語は、見たことのない単語で構成され

まったく検討のつかない規則性をもった言語になっています。

 

英語や日本語など実際に使われてる言語を使うと

習得するのにに時間がかかり実験結果が得られるまでに

数年もかかってしまうという理由や

被験者があらかじめもっている知識が結果に影響を与えるという理由などから

この独自の人工言語が使われることになりました。

 

実験では、繰り返し表示される人工言語を学習して

正しい文章と正しくない文章との区別ができるようになったら

学習完了(習得した)と見なし、人工言語を学習させるための表示方法として

以下の2つの形式を用意し、どちらが早く学習を完了できるかを測ったそうです。

1.文章だけを表示する場合

2.文章と一緒にその意味を示した絵を表示する場合 

その結果、あなたはどうなったと思いますか?

 

人工言語を習得できたのは、

「文章と一緒に絵を表示する場合」のみでした。

 

「文章だけが表示される場合」は、

「文章と一緒に絵を表示する場合」の10倍の3200回以上正しい文を見ても

正しい文とそうでない文を区別することはできなかったそうです。

 

このように意味がわからない言語をいくら繰り返し見ても

学習していることにはならないようですね。

 

この結果は、

子どもがどうやって言葉を覚えていくかについて考えてみると

より納得できると思います。

 

たとえば、お母さんは子どもに言葉を教えるとき

「食べ物」を指差して、


「○○ちゃん、まんまよまんま。」


と何度も子どもに話かけます。

 

そうするとある日、

子どもは食べ物を指差して「まんま」と言います。

 

これで子どもは「まんま」という言葉を

習得したことになります。

 

語学を勉強しだすと一見、


「習得したい言語を使っている国へ行き

とにかくたくさん見たり、聞いたりすれば

自然にその言葉を習得できる!」


と思われがちですが、

いくらその言語に接していても

意味を理解しようと努力しないかぎり

何年いてもその言葉を習得することはできないようです。

 

やはり、効率よくといっても

ある程度の根気が必要な勉強になりそうですね。

あなたは、今年どんな初夢を見ましたか?

 

朝起きて「何でこんな夢を見たのかな~」と思い

いろいろ「夢」の意味について考えたことってありませんか。

 

特に初夢は、

今年1年の吉凶を占うといわれているだけに気になりますよね。

 

さて、心理学者のユングは「夢」について、

「無意識内容が表現されているもの」と説明しています。

 

「夢」を見るということは、

寝ている間に無意識からのメッセージを

受け取っているといわれてるんですね。

 

では、その無意識のメッセージを

夢の中からどのようにキャッチしたらよいのでしょうか?

 

そこで、ユングの考え方をいくつかご紹介しましょう。

「夢」をいろいろな角度

から考えてみる

夢を見た本人の角度から夢を見た本人が、どのような人物か

どのような生活をしていて、どのような状態のときにその夢を

見たのかなど、同じ夢でも性格や環境の違いで多種多様に

解釈できます。

 (例)

車に乗っている夢

私は、車を販売する仕事をしている 

この夢は「仕事」を象徴しているのかな?

私は、車を運転できない

この夢は「自由に動き回りたいと思っていること」を

表しているのかな?

昔話や神話

文化上の類似物などの

角度から考えてみる

夢について、個人的な背景だけでなく、文化的背景や神話

などとのつながりも考えてみる。

(例)

「鎧(よろい)をつけている

自分」が出てくる夢

鎧なんかつけたこともないのに

何で夢の中でつけているのだろうか?


鎧をつけているってどんな感じだろう?

動きづらい、敵から身を守る

どんな敵から身を守っているのかな?

「夢」からの拡がりを

考えてみる

夢から、どんな連想ができるか、見た夢の内容をそのまま受け

取るのではなく、その夢から連想できる経験や登場した人や物

から想像できることを考えてみる。

(例)

森の中を

歩いている夢

「森」といえば、小さい頃、森で迷子になり

とても恐い思いをした

そう言えば、先日、旅先で道に迷って恐い思いをした

大人になった今でも、1人で歩くことが必要以上に

恐くなるのは、そんな思い出とつながっているのかな?

夢がシリーズ化している

枕元にメモを置いて、夢の記録をつけてみましょう。

テーマに共通性があったり、ストーリーにつながりが

あったりするかもしれません。その進展や変化も考え

に入れていくと、夢の意味がよりはっきりと見えてくる

ことがあります。

(例)

「試験に合格して喜んでいる

夢」の後に「違う学校の試験を

受けている夢」

「その試験に落ちてしまい行き場をなくした夢」を見た

「試験」という同一のテーマの夢が

シリーズ化して進行している

「試験」に挑もうという明るい気持ちと

落ちるかもしれない、 落ちたらどうしようなどの

不安な気持ちの葛藤を表しているのかも?

ここで、ご紹介した4つは、ほんの一例です。

 

もちろん他にも

いろいろな「夢」についての考え方があります。

 

心理学的な「夢」の分析では、

その「夢」を見た人が、どのようにその「夢」を感じたのかが大切。

 

あなたが、どう感じたかを考えることで、

無意識からのメッセージを受け取ることができます。

 

このように「夢」を書き出して読み返してみたり

イメージのつながりを考えてみたりすると

意外と新しい自分が見えてくるかもしれませんよ。

「最近、物忘れがひどくて…」とお悩みのレイコさんと彼氏のジュンさんが

ある日こんな会話をしていました。

 

ジュン:「この曲って高校時代に流行ってたよな?なんていう曲だっけ?」

レイコ:「知ってる!えっと、ほら、あれ何だっけ?英語の曲名だよね

あれなんだっけ?」

ジュン:「あれあれじゃ、わかんないよ・・・」

レイコ:「あぁ~喉まで出かかってるんだけど、出てこないよぉ~!」

 

このように、思い出せそうで思い出せないことを

「TOT現象(喉まで出かかる現象)」といいます。

 

「喉まで出かかっている」という表現どおり

これは完全に記憶がなくなっているわけではなく

“思い出す”という機能が上手く働いていないために起こるんですね。

 

では、その“思い出す”とは、

そもそもどういうことなんでしょうか?

 

これには、

記憶のプロセスが大きく関わっているんですね。

 

人の記憶のプロセスは、

下記の3段階に分けることができます。

記憶をつくる

符号化(記銘)

情報を意味に変換して記憶として取り込む

記憶をしまう

貯蔵(保持)

符号化した記憶をストックしておく

記憶を取り出す

検索(再生)

ストックされている記憶を外に出す

もしあなたが、

喉まで出かかっているのに思い出せないという状況があるなら

記憶の過程の3ステップ目の“検索”が上手くいってないのかもしれません。

 

つまり喉まで出かかっていることとは、

記憶の貯蔵庫には入ってはいるが、

上手に貯蔵庫を“検索”できないということなんですね。

 

では、その“検索”を成功させるには

どうしたらいいんでしょう?

 

それは・・・

 

“検索”する時に“手がかり”を使うのがよい

と言われています。

 

“手がかり”とは、

思い出そうとしていることを記憶として“符号化”した時に

一緒に存在していた情報のことです。

 

その“手かがり”を使って“検索”

記憶を復元する方法を2つご紹介しましょう。

物理的復元 

場所・部屋・家具や色などの環境的な手がかりを用いて復元する  

心的復元

想像やイメージ化等の心的操作によって復元する

では、これを文頭の会話に出てきた

“思い出せない曲”に当てはめてみましょう。

 

■物理的復元の場合


高校時代、学校帰りにその曲をよく聴いていたお店を

“手がかり”としてみる。


例えば、高校時代からあまり変わっていない

そのお店に行ってみるなど。

 

■心的復元の場合

高校時代に、その曲を聴いた時の自分の気持ちを

“手がかり”としてみる。


例えば、その曲を聴くと、なぜかワクワクして

がんばろうという気持ちを思い出したり

友達といっしょに聴いていた時の楽しい気持ちを

思い出したりするなど。

 

いかがですか?

 

なんだか喉につかえていたものが

出てきそうな感じがしませんか?

 

このように「喉まで出かかっているのに出てこない・・・」ような時は、

“手がかり”から、記憶を思い起こしてみてはどうでしょうか。

 

最近はインターネットで何でも調べられるので、

インターネットで調べる人も多いかもしれません。

 

でも、時間があるときは、いろいろな“手がかり”から

記憶を“検索”することをオススメします。

 

なぜなら便利な文明の利器に頼り過ぎると

ますます「喉まで出かかっているけど出てこない・・・」 なんてことが多くなって

「あれ、あれ」「それ、それ」ばっかりの会話になってしまっては

もっと大変ですから。

 

もしあなたが、

喉まで出かかっていることを思い出せない・・・

なんて時があったらぜひ試してみてくださいね。

突然ですが、あなたは普段のランチが3千円だったら

「高い」と感じますか?

 

私は、ランチが3千円だったら

ちょっと痛いです。

 

でも、旅先での優雅なランチなら

“こんなもんかな”と思って食べるでしょうし

銀座の料亭で会食なら“安くすんだ”と感じるでしょう。

 

さらに、その3千円で以前から食べたかった

1日5食限定のスペシャル海鮮丼が食べれたら

“やっと食べられた!”と思えるかもしれません。

 

このように、人はその場の状況や前後の出来事

問題意識などによって、同じ食費である 「3千円」を使う感覚が異なる

ということがおわかりいただけると思います。

 

このような金銭感覚の変化を

心理学者である小島外弘氏は「心理的財布」として

説明しています。

 

「心理的財布」とは、

ひとりの人が購入する商品やサービスの種類

それらを買うときの状況に応じて、


あたかも金銭感覚の異なる複数の心理的財布を持っているかのように

それらを使い分けているという考えから名づけられたそうです。


先ほどの例で説明すると

同じ3千円というランチ代に対して

それぞれ用いられた「心理的財布」の大きさが異なって

3千円を支払ったことに対する満足感や出費の痛さなどが

様々に感じられたというわけなんですね。

 

そこで、こうした「心理的財布」には、

4つのパターンがあるといわれていますのでご紹介します。

 


【パターン1】 個人間商品間における心理的財布

購入する人が異なり、また購入する商品も異なっていると

用いられる財布は異なる。


(例) 「車」という商品を購入する予定のAさんとBさんの場合。


週末は、海や山へドライブ、洗車も大好きなAさんは…

「車好きなので、300万の新車のスポーツカーを手に入れたい!」


家族で、お出かけが大好きなパパBさんは…

「家族全員が乗れる100万円以内の中古のファミリーカーで十分!」


つまり、Aさんは、スポーツカーに300万円まで出せるけど

Bさんは中古車に100万円しか出せない。

 


【パターン2】 個人間商品内における心理的財布


購入する商品は同じでも、購入する人が異なっていると

用いられる財布は異なる。


(例) Aさんの趣味は、Jazzレコード集め。Aさんの奥様はまったく興味ない場合。
 

同じ1960年代の名盤について…


Aさん…

「おぉ!オークションで3万円で落札できる!いや~これはお買い得だね!」


Aさんの奥様…

「いくら名曲でも中古なんだから定価3千円より安くなきゃ買わないわよ!」

つまり、同じレコードでも、Aさんは3万円出せるけど

Aさんの奥様は3千円しか出せない。

 


【パターン3】 個人内商品間における心理的財布


購入する人は同じでも、購入する商品が異なっていると

用いられる財布は異なる。


(例) 自己投資が好きなA子さんの場合。


美しいプロポーションキープのためのエステ…「毎月1万円かけるのは全く躊躇しない」
 

最近勉強している英語のCD教材…「1万円かけるのにはちょっとためらってしまう」


つまり、A子さんにとってエステには毎月1万円出せるけど

CD教材には1万円は出せない。

 


【パターン4】 個人内商品内における心理的財布


購入する人が同じであり、かつ購入する商品も同じであっても

用いられる財布は異なる。


(例) そろそろ結婚を意識し始めた30歳のAくんの場合。


気のある同僚の女の子に飲み代3千円をおごる …

「次はもっと高いところへ連れてってあげよう!」


会社の後輩に飲み代3千円をおごる…

「次回はもっと安い居酒屋にしよう!」


つまり、Aくんにとって同じ飲み代3千円でも

気のある同僚の女の子にはよろこんで出すが

単なる後輩にはあまり出したくない。

 

さて、上記の4パターンをみてみると買う側にとっては、

これらの感覚は当たり前のことかもしれませんが、

このように同じ“1万円”でも、時と場所と人によって、

安い“1万円”になったり、高い“1万円”になったりします。

 

また、同じ機能の商品でも、時と場所と人によって、

高い“商品”になったり、安い“商品”になったりもするんですね。

 

つまり人は、大盤振る舞いする金持ち“財布”や

ケチケチしている貧乏“財布”などがあり、


購入するものに対する自分の価値観や状況などに合わせて

都合がいいように それらの“財布”を使いわけているです。

 

ですから、結婚などで他人と財布をいっしょにするときは、

お互いのお財布“達”を確認してみてはどうでしょうか?

 

そこで、お互いの高い・安いといった「お金の感覚」を調整をしておけば、

お金でケンカすることは減るかもしれませんよ。

都会の人って、すごく冷たいね。

人ごみでうっかり転んでも誰も助けてくれないし…


都会の人はモラルってもんがないんだね!

 

私も経験がありますが、

あなたは都会の人にどのような印象をお持ちですか?

 

もしかしたら

あなたも同じようなことを1度ぐらいは経験しているかもしれませんね。

 

でも、これは“モラル”の問題だけではないという

エピソードがあるのでご紹介しますね。

 

1964年のある夜にニューヨークの住宅街で、

帰宅途中のある女性が男性に襲われました。

 

襲われた女性は悲鳴をあげると

その男性はすぐにその場を立ち去りました。

 

しかし、近所の人々が出てくる気配がなかったので、

その男性は、もう一度その場に戻って女性に再度暴行を加えました。

 

このようなことを数回繰り返し、とうとうその女性は、

男性の暴行により殺害されてしまいました。

 

この事件の後の調べによると、なんと38名もの近所の人々が、

被害者である女性の悲鳴を聞いていたといいます。

 

では、なぜ38名もの人が悲鳴を聞いていたにもかかわらず

誰ひとりとして警察に通報しなかったのでしょうか?

 

多くの学者たちは、

この事件に対して社会モラルの低下だと言いました。

 

しかし、心理学者であるダーリーとラタネは、

「多くの人が悲鳴を聞いていたからこそ誰も助けなかったのだ」

と考え、ある実験を行ったそうです。

 

その実験は、

学生を2名・3名・6名のグループにわけて行われました。

 

各グループのメンバー1人ひとりが個室に入り

マイクとインターフォンでグループ討論をします。

 

途中、グループメンバーの1人が、

突然てんかんの発作を起こします。

 

そのとき討論している他のメンバーが個室から外に出て

「てんかんの発作を起こしたメンバーがいる」と実験者に告げるかどうか観察し

報告するまでの時間を測定しました。

 

この結果、グループの人数が多いほど

発作を実験者に報告した人の割合は減少し

また報告するまでの時間も長くなりました。

 

このように、

助けが必要とされる人がいるとき、自分以外に多数の人がいると

助ける行動が抑制されてしまいます。

 

この現象を「傍観者効果」といいます。

 

この「傍観者効果」が表れる理由には、

以下の3つがあげられます。

多元的無知

他の人が援助しない様子を見ることにより事態は必ずしも

援助を必要としないと解釈されやすくなる。

⇒誰も助けないということは、助けは必要ないんだな…

責任分散

他にも人がいる場合、援助に対する責任や介入しないことへの

非難・罪の意識が人々の間で分散する。

⇒自分以外も彼女を助けることはできるし、僕だけの責任でもないしな…

聴衆抑制

不必要な事態で援助したり、自らの援助が失敗したりした時の

他者からの評価を懸念する。

⇒助けが必要そうだけど、必要でなかったら恥ずかしいからな…

冒頭の事件も

ニューヨークという大都会特有の心理現象によって、


「誰かがやってくれる…」

「自分でなくても…」

「僕だけが悪いわけではない」


という考えが働き、誰も警察に電話するという行動を

しなかったのかもしれません。

 

でも、こんな悲劇が二度とおきないように

「念のため」でも「もしかして」でもいいので

このようなことが目の前で起こっていたら

警察へ一本電話を入れましょう。

 

もし、あなたが助けてほしいときは、

ご指名で助けてほしいことを叫ぶといいのかもしれません。


「白い帽子をかぶっているそこのあなた!

 私を助けてください!」


と叫んでみましょう。

 

すると「傍観者効果」となる理由が排除されて

白い帽子をかぶっている人が、


「私が助けなきゃ!」


と思って助けてくれるかもしれませんよ。

じゅん子ちゃんと花子ちゃんが、

2人で買い物へ出かけたときのひとコマです。

 

じゅん子ちゃん 「この形のスカートほしかったんだ~これに決めた!」

花子ちゃん 「えっ?もう決めたの?次のお店見なくていいの?」

じゅん子ちゃん 「だって、ほしかったスカート見つかったから…花子はどうする?」

花子ちゃん 「う~ん。この色のキャミソールがほしかったんだけど
もう何ヶ所か見てみたいなぁ~」

じゅん子ちゃん 「また、たくさん見て、なかなか決められなくなるんでしょ?」

花子ちゃん 「そうだけど、たくさん見ないで買うと後悔しそうで…

だって、もっと私にピッタリのキャミソールがあるかもしれないし…」

 

キッパリ決められるじゅん子ちゃんと

なかなか決められない花子ちゃん。

 

では2人の違いは、

どこにあるのでしょうか?

 

この2人の違いは、

選ぶときに何を目標にしているかによって異なっていることです。

 

じゅん子ちゃんは、「まずまずいいものでよし!」として、

どこかにもっといいものがあるかもしれない、とは考えない

“サティスファイサー(満足人間)”

 

花子ちゃんは、

「自分が欲しいものは最高であり最高でなければダメ!」として

それが考えられるかぎり最高だと確かめないではいられない

“マキシマイザー(最大化人間)”なわけです。

 

では、あなたはどちらのタイプなのか

以下の質問に「はい」「いいえ」で答えて

チェックしてみましょう。

1. 商品の比較にこだわる。これは買うまえでも買ってからでも、そういえる。

2. 買うと決めるまでに時間がかかる。

3. 自分の買ったものと、他人の買ったものの比較に時間を費やす。

4. 買ったあとで後悔することが多い。

5. 買ったあとで、買わなかった別の候補についてあれこれ考えることが多い。

6. 全般に、買ったものに対する評価が低い。  

いかがでしたか?

 

「はい」の数が多い人ほど

マキシマイザーである可能性が高いといえます。

 

先ほどの説明からすると

最高を求めるマキシマイザーの方が

ほどほどを求めるサティスファイサーより

納得いくよい買い物ができるのではと考えられますよね。

 

でも、上記の質問からもわかるように

マキシマイザーは、なにか選ぶために多大な時間や心労を繰り返し

結果的に満足できない、という傾向があるようです。

 

確かに花子ちゃんの例でも

街中のお店のキャミソールを見てまわるという

時間と労力をかけたにも関わらず

きっと、また違う街で見たことないキャミソールを見つけたとたん…

 

「こっちのキャミソールの方がかわいくない?」とか…

「この色の方が私にぴったりだったんじゃないかな?」

 

と比較して、

買ったものに対して“後悔”することになりそうですよね。

 

確かに「最高の物がほしい!」気持ちはわかります。

 

でも、この世の中で最高の物を求めることは、

買い物ひとつが一生の仕事になってしまいます。

 

ですから、自分の中での最高は“コレ”と決めておいて、

その最高に「ほどほど」合うものを限られた時間の中で探すことが、

効率よい妥当な買い物なのかもしれません。

 

でも、一生かけて探したい

“大切の物”もあると思います。

 

そんな“大切の物”を探す時間を増やすためにも

日常のお買い物は、目標を「ほどほど」に決めて

「さっさ!」と済ませて満足してみてはいかがでしょうか。




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